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【夏休みの自由研究ならココ!①】清水港で缶詰の歴史を考える! /

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 毎夏、途中で挫折している(笑)小学生の保護者向けのブログ。今年も懲りずに書いてみます。

 第一弾は、静岡県静岡市清水区にあるフェルケール博物館。正式名称は、清水港博物館。フェーケルというのは、ドイツ語で交通とか交流という意味なのでそうです。

 清水と言えば、古くから港町として栄えた街です。博物館がある場所もまさに港の埠頭。ほど近いところには、有名な清水の次郎長の生家「次郎長生家」もあります。

Kimg0600_1 こうした港湾都市「清水」を代表する企業として有名なのが、最近、話題になったFDA(フジドリームエアラインズ)の親会社でもある鈴与。1801年に清水港を拠点とした海運業者「播磨屋」として創業した老舗運輸会社です。この鈴与が社会貢献事業として、開設したのがこのフェルケール博物館。それだけに海運業関係の資料が充実しています。

 

 さて、フェルケール博物館は、船と港の博物館として清水港の歴史や、港湾施設や船舶に関しての資料などが展示されています。こちらの方も、夏休みの自由研究にぴったりなのですが、今回、お勧めしたいのは、この博物館に併設されている「缶詰記念館」。

 なぜ、清水港に「缶詰記念館」なのかというと、世界中で人気のあるツナ缶とミカン缶の発祥の地ともいうべきところだからです。

 昭和4年(1929年)に豊富に採れたマグロ(カツオ)をツKimg0639_1ナ缶に加工し、アメリカ向け輸出を計画し、清水食品株式会社が設立されます。この清水食品の旧本社が、現在の缶詰記念館です。

 

 昭和5年(1930年)には、ツナ缶の製造、販売、そして輸出が始まり、その後、順調な成長を遂げます。
 さらに、ツナ缶の製造は、漁期の関係から夏場に集中したため、端境期となる冬場には、缶詰技術を応用し、静岡名産のミカンの缶詰の生産を行ったのです。

 日本の缶詰産業は、明治4年(1871年)に長崎でイワシの油漬け缶が作られたのがはじめとされています。本格的に生産が始まったのは、その6年後、明治10年(1877年)には、北海道でサケの缶詰かKimg0608_1らだと言われます。その後、日清戦争、日露戦争で缶詰の有用性が知れ渡り、一気にその生産が拡大していくのです。

 そして、昭和の初期。清水港で生産されたツナ缶とミカン缶は、日本からの重要な輸出品としての地位を確立するまでになるのです。

 



 身近で意外と知らない缶詰の歴史。フェルケール博物館には、数多くの缶詰の資料、書籍などが揃えられています。さらに、入り口では別料金ですが、缶詰作りの体験もできます。(食品類ではありません。)

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 清水と言えば、「ちびまる子ちゃん!!」と「ちびまる子ちゃんランド」だけに行ってしまうご家族も多いですが、すぐ道路挟んでお向かいのフェルケール博物館と併設の缶詰記念館も足を延ばせば、一挙両得間違いなしです。

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